第十三次中日友好交流会議

“第十三次中日友好交流会議” 

日中友好交流会議は、1983年に当時の中日友好協会・寥承志会長と日中友好協会・宇都宮徳馬会長の共同提唱によって開催された「両国民間友好団体工作会議」に端を発し、1983年の第一回会議以降2年に一度日中両国交互に開催で今回の貴州省貴陽市での会議は、数えて13回目となる。本来、昨年5月開催予定が3.11 東日本大震災により一年延期された。今回会議のテーマは「日中国交正常化40周年を記念し両国の地方交流と協力を強化する」である。開催地が貴州省貴陽市に選ばれたのもこのテーマと関連性があるようだ。前回2007年の四川省成都に続いて中国の地方都市での開催である。貴州省は少数民族が38%を占め全国でも少数民族が特に多い省であり、また省面積の55%が少数民族自治州となっている。経済的には中国の省単位でのGDP順位でワースト2位の貧しい地域に属しているが、豊かな鉱物資源、水力発電などエネルギー資源に恵まれ中国政府も国の施策としての西部開発、観光振興でこの省の経済発展に力をいれている。現状では日本との経済的結びつきもきわめて少なく人的往来も限られたものとなっている。日中友好都市提携は2011年現在日中両国都市・地域で338件締結されているが、その一覧表を見ても貴州省都市の提携は一件も見当たらない。唯一、和歌山県那智勝浦町が貴州省安順市の黄果樹と「友好の滝」で提携しているに留まる。貴州省は日本人一般にとっては馴染みのうすい地域だと言える。今回の貴州省会議では地方間の交流を活性化しようと新たな提案、熱心な議論交わされた。 

 

日本からの貴陽空港への直行便はなく、我々一行14名も5月22日上海に一泊、翌日23日に上海虹橋空港から約2時間半の飛行で貴陽空港に降り立った。高度約900m の貴陽の空港、この時節らしい小雨が降っていて上海と比べると格段の涼しさを感じた。空港では今回の中国側実務責任者で「裏千家茶道文化交流」を招請した貴州省外事弁公室副主任の陳国徳女士の出迎えを受けた。空港より手配されたバスに乗り山あいの道を約1時間下り貴陽市中心街にある会議場であり宿泊先の貴陽世紀金源大飯店に向かう。 

 

貴州省は隣接の雲南省を合わせて“雲貴高原”にある。同じ高原ながら、埼玉県日中が植樹活動に行く山西省の黄土高原と違うのは雲貴高原には豊かな水源がありまわりは緑の山に囲まれていることである。貴州省は、この時期晴天が少なく“天に三日の晴れなし”と言う。この日も貴陽の街は小雨に煙る灰色の世界だった。一方、山西省に行った時には、“春の雨は油の如し”と言う言葉を聞いた。当地では植物が育つ春に降る雨はきわめて少なく、その雨は油の如く貴重だと言う。 

 

貴陽の市街地中心に近づくと通りには高層ビルが林立し多くのビルがあちこちに建設中で経済発展が急ピッチで進んでいることを感じた。途中でなん棟もの高層アパートが立ち並ぶ住宅団地が見えた。一見してそこには10万人以上が住んでいると思われる。1970年代前半シンガポールに駐在していた頃、シンガポール初めて建設された集団住宅街トアパヨHDB(公団団地)を思い出した。貴陽市の街中至るところ高層住宅化が進んでいるようだ。ホテル貴陽世紀金源大飯店は国際会議室を備えた40階建ての五つ星ホテル。表面中央に掛けられた“熱烈歓迎第十三次中日友好交流会議代表”横断幕が我々を迎えてくれた。 ホテルチェックイン後、全員が「第13次中日友好交流会 代表証」を首に掛けて一階レストランで食事をした。そこに少し後の便で到着した日中友好協会会長 加藤紘一氏を見かけ挨拶し一緒に写真を撮らせてもらった。我々の訪中団の紹介をしたところ、「私は山形の出身で、お茶のことはよくわかりません」と素っ気ない返事。政治家らしいリップサービスもなく正直な人柄の人とお見受けした。加藤会長は”YKK”で知られた、元自民党幹事長、2008年、故 平山郁夫画伯に替わって日中友好協会会長に就任。外務省出身で、チャイナスクール系譜であることは本人のホームページで後から知った。 

 

5月24日(木)9時ホテル3階の国際会議庁で“第十三次中日友好交流会議”開会式が挙行された。会場には中日双方から合計180人の代表が参列した。我々14名全員正装で着席、備え付けの日中両国語同時通訳のイヤーホーンを耳につけ聴講した。演壇中央の日中両国の友好協会会長が挨拶。先ず、日中友好協会会長の加藤紘一氏は、日本はグローバリゼーションの追及により欧米を凌ぐ経済成長を遂げた。一方、中国は経済成長著しくGNPで日本をすでに追い越した。然し、日本は高度経済成長終焉後の国の諸問題に未だ的確な回答を見つけ出していない。中国においてもいずれ遭遇だろうこの課題に両国とも知恵を出し合って対処して行かなければならない。日中両国関係は「和すれば双方に利益がもたらされ衝突すれば傷つきあう」。今回の会議に出席した皆さんが、この機会にお互いの経験で交流しあいこの会が盛会になることを望むと結んだ。 

 

唐家璇(せん)氏は今年3月中日友好協会会長に就任した。その経歴をみると、1955 ~58

上海復旦大学外文系英語学科、1958~1962年 北京大学日本語学科に学ぶ。1978年駐日大使館第一秘書、1998年には外交部長(外相)に就任、2003年国務院委員を務める。たいへんな親日派、知日家と言われている。その唐家璇氏は下記要旨のことを述べた。

 

2千年余りに及ぶ深い交友関係を持つ隣国にある両国関係は、きわめて特殊かつ複雑、敏感であり歴史感情のもつれもあるが、両国関係は、流れに逆らっても舟を進める如く進まなければ押し流されてしまうだけだ。近年日本での対中感情の悪化が両国関係の妨げとなっている。両国の民間友好団体は歴史的な責任感、使命感をもって実際の交流活動を通して両国民の更なる幸福をもたらすよう尽力してもらいたい。具体的には、① 草の根レベルの交流の拡大、② 実務協力を深め、共同利益の拡大、③ 地方交流の促進、④ 青少年交流の強化

日中友好人材の育成などを上げた。

 

貴州省長の趙克志の歓迎の挨拶に続いて、民間出身の駐中国大使として知られる丹羽宇一郎

氏。就任来中国各地で現地住民との交流活動をするなど独自の民間外交を進めていることを話された。安定的な日中関係を発展させるためには政府感交渉だけでは不十分。民間レベルの交流が強固な土台を築くと言う。

開会式後半は、中日友好協会 井頓泉副会長と日中友好協会 酒井哲夫副会長が、今回会議の基調報告を行い開会式は終了した。その後ホテル一階の宴会庁で、馮学敏写真展「貴州印象」を参観。馮学敏氏は日本在住、60数回帰国、民謡収集創作、前後6回貴州省の20数か所の市、縣を訪れ独特の視覚で原生態多元文化を観察、記録した。

同日午後第1~3分散会。我々は明日の茶道交流会の準備に取り掛かった。 今回の会議に合わせて開催されるイベントは上記、馮学敏写真展の他は、“中日健康麻将交流活動”と我々が係る清水廣子氏“日本里千家茶道表演”(裏千家茶道実演会)の2件である。

午後の準備はホテル3階の重慶庁一室を会場とし、一室中央に4畳半ぐらいの広さの舞台を設けて茶室とし清水廣子正教授による茶道説明と清水社中の人たちによる茶道実演、正面に主客席、左側に脇客席を設け、舞台右側を仕切って水屋としてお茶の準備をする。茶釜、茶筅、茶碗など茶具一式から掛け軸、花挿しまで日本から輸送又は携帯した。準備は、舞台設定から茶具開梱して配列する。午後6時より歓迎宴会、8時より貴陽大劇場で<多彩貴州風>少数民族歌舞を鑑賞する。9時ホテルに戻り着替えをして茶会の最後の準備を一時間ぐらいして部屋に戻る。清水先生と社中の人たちは、翌朝2時頃まで打ち合わせなど作業をした。

 

歓迎晩餐会は1階宴会庁1、2号庁に正面中央の“主桌”から第1列1~3号桌、その後は

3列で4~21号桌が並び日方143名が招待を受け、唐家璇会長以下中方50名数名が参加、総勢200名を越える大宴会だった。唐家璇会長の歓迎の辞、井出正一日中友好協会副会長が乾杯の音頭をとった。乾杯には、やはり貴州省銘酒“茅台酒”だった。茅台酒は周恩来総理が田中角栄首相を接待したことで日本でも知られ中国では近年の高級品志向で価格が跳ね上がり500mlで1,200元(1万5千円ぐらい)もすると言う。井出正一氏は、私の郷里・長野県佐久市の出身、元厚相、旧知の仲である。この日も乾杯の挨拶の前半は中国語、以前聞いた時より中国語での話は長かった。その通訳に当った中国人が私たちのテーブルに戻って、「初めの方が中国語だったのは少し焦った」と言っていた。料理もお酒もたいへんおいしく十二分に頂戴致しました。

 

25日(金)「里千家茶道交流会」の看板が重慶庁の前に立てられる。開会前から現地メデアのカメラマンが場所とりをしていた。 10時半、第一回の客20名が着席したところで清水廣子先生以下今日の茶道実演をする清水社中の女性4名着物姿で整列、舞台裏でお茶準備に当る3名女性と一緒に通訳を務める加賀紅さんから来客皆さんに紹介された。先ず清水廣子先生から「裏千家茶道」についての一通りの説明があった。舞台上でお茶を点てる作法の実演、点てられたお茶が日本の菓子添えて社中の女性により主客から順次給仕された。主客のひとり王秀雲中日友好協会副会長は「結構なお点前でした。ありがとうございます」と流暢な日本語で感謝の言葉をのべた。このようにして、午前は第1席が10:40~11:30 第2席が11:40~12:30、午後は14: 00 ~14:50 合わせて3席、合計60名を接待した。

 

中国人は一般には、春節の花火や爆竹に見られるように、にぎやかなことが好きである。色合いも、国旗に見る如く“紅”(赤色)は一番と考えられている。“静寂”、“簡素”を重んじる茶道とは両極端のような気がした。だが一方、中国の人たちは好奇心旺盛で、日本の文化にはたいへん興味をもっている。今回の茶道交流会を招請した陳国徳女史、前述の王秀雲氏など立派に茶道の心を会得した人たちがいた。また何でも積極的に聞いてくる。残さずに飲みきることが、飲む作法であることは、後で飲み残す人が多くいたので、清水先生も疑問に思っていたと言う。中国人は料理を少し食べ残すことで十分頂戴したことを表す習慣があることを話したら、それならばお茶は飲みきることが作法であることを初めに伝えるべきだったと言われた。現地新聞が見出しに書いたように“用茶道与貴州人一期一会”(茶道を通して貴州の人たちと“一期一会”の交流ができた。       

 2012.7.4  臼田 記

 

 

 

  本会のイベントとして招請された清水廣子先生を指導者とする「裏千家茶道貴陽文化交流団」一行14名全員が24日9時開幕式典に参列し又、同夜6時の歓迎晩餐会に招待された。

 

 “第三次中日友好交流会議” 壇上中央が唐家璇(セン)中日友好協会会長、その左側、加藤紘一日中友好協会会長、その隣、丹羽宇一郎 駐中国日本大使。前国務員、外相も務めたことのある知日家の唐中日友好協会会長、「草の根レベルの交流の基礎を固めよう」と呼びかけ、日本側からは加藤会長、経済面で欧米に追い付いた日中が次は何を目指すかが今後の課題とした。更に丹羽大使は、お互いの発展が双方にチャンスだと中国各地訪問の成果を紹介した。午後は今回のテーマ「両国地方間の交流と協力」に関する分化会が開催された。

 

 24日夜、歓迎晩餐会。主客席の両国代表者。全21卓200名を越える大宴会だった。

 

 24日夜、演題“多彩貴陽風”少数民族歌舞公演を鑑賞した。公演前、少数民族演技者を交えて記念撮影した。

 

 

 今回の裏千家茶道交流会開催の主宰者“三位女士” 中国側主宰者:陳国徳さん。

 貴州省人民対外友好協会常任副会長。22日貴陽空港に我々の到着を出迎えてくれた。昨年、清水先生の茶道を体験して今回の交流事業を企画した。

 日本側:裏千家茶道正教授・清水廣子さん。加賀紅さんは貴州省遵義市出身。貴州省政府との人脈で今回の茶道交流の旅を主宰した。

 

 清水社中の三名による“点茶(お茶をたてる)”実演。 清水先生の解説、紅さん通訳。

加藤紘一氏 公益社団法人  日中友好協会会長との集合写真
加藤紘一氏 公益社団法人 日中友好協会会長との集合写真
歓迎晩餐会乾杯の音頭をとる 井出正一 日中友好協会副会長
歓迎晩餐会乾杯の音頭をとる 井出正一 日中友好協会副会長
開会式(24日)に参列する清水廣子先生他
開会式(24日)に参列する清水廣子先生他
「代表証」
「代表証」
貴陽世紀金源大飯店 (23日到着時)
貴陽世紀金源大飯店 (23日到着時)
日本と中国
日本と中国

 

2012.6.13 記  臼田誠躬

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